アレココ(メネフネ養魚池)

 

アレココ(Alekoko Fishpond)は、カウアイ島伝説の小人族メネフネが、一夜にして作ったといわれる養魚池で、通称メネフネ・フィッシュ・ポンドとして知られています。

ハワイ語のアレココには「血が湧き出る」という意味があり、一説には、何千ものメネフネが山から溶岩石を手渡しで運び、壁を築きあげた後、傷だらけの手を池で洗ったため、池が血で赤く染まったという由来があります。現在、フレマル・ロードの展望台から、この壁は見えませんが、幅1メートル、高さ1.5メートル、長さにして274メートルあり、池の大きさは推定39エーカー、と言われています。

 

建設年代は諸説あり、古くは1000年前に建設されたといわれ、新しくは580年前に作られたという説があります。アレココは、1973年アメリカ合衆国国家歴史登録財として登録されましたが、池の土地が今も私有地であるため詳しい調査は行われていません。

 

メネフネの由来ですが、最も有力な説は、タヒチ語の「マナフネ」という言葉。意味は「一般人」または「下級クラスの人」という意味で、13世紀にタヒチから支配者層がカウアイ島に移住したときに、当時先住民であったマルケサスの人を差別して「マナフネ」と呼んだという説。「社会的に小さい」という意味が、やがて「体型的に小さい=小人」という意味に変わっていったと考えられています。カウアイ島の先住民が、いつ頃、マルケサス諸島から海を渡ってやってきたかは正確には分かりません。3世紀から8世紀の間と推定されています。

 

トリビア

 

・メネフネ養魚池とその周辺の土地(102エーカー)所有者は、オアフ島に在住するOkadaさんという日系人。2005年に約1200万ドル(約12億円)で、売りに出されたことがニュースになりました。

 

・養魚池は、もともと王の依頼で作られた、王族のための池であったと考えられていますが、カウアイ島最後のカウムアリイ王が亡くなった1824年以後、養魚池としては使われることはありませんでした。

 

・水面に群生するマングローブの森林が、毎年増大し、今後約30年間の間に池を埋め尽くす可能性が指摘されています。

 

・王族の為に養っていた魚は、ハワイ語でAma'amaと呼ばれるボラ(英名Striped Mullet)、Awaと呼ばれるサバヒー (英名Milk Fish)、近年では、サモアン蟹が生息していると言われています。

 

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